1993年の華々しい開幕から30年あまり。地域密着を掲げて全国へ広がったJリーグは、 なぜ各地で「新スタジアムを建てたい」という要望を生むようになったのか。 その答えは、リーグの成り立ちと「クラブライセンス制度」という仕組みの中にあります。
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)は、1993年5月15日、国立霞ヶ丘競技場での 開幕戦「ヴェルディ川崎 対 横浜マリノス」で幕を開けました。この試合はNHK総合で全国生中継され、 日本にプロサッカーの時代が到来したことを告げました[1]。
開幕を主導したのが、初代チェアマン川淵三郎です。前年の1992年にはナビスコカップ (ヤマザキナビスコカップ)が先行開催され、機運を高めていました。スタートを切った10クラブは 「オリジナル10」と呼ばれ、その選定にあたっては「地域性」と「経営基盤」が重視されました。 当初から“どこの街のクラブか”が問われていた——これがJリーグの原点です。
Jリーグは段階的にカテゴリーを増やし、全国へ広がっていきました。
オリジナル10でスタート。単一カテゴリー。
2部制へ。この年はJ1=16、J2=10クラブ。昇降格制度が本格化する。
3部制へ。J1=18、J2=22、J3=12クラブ。地方の小規模クラブにもプロの舞台が開かれる。
合計60クラブ体制へ。2025シーズンも各20・計60クラブが42都道府県に広がる。
いまや全国60クラブ・42都道府県。Jリーグ自身が誇るこの広がりは、同時に 「各地に、基準を満たすスタジアムが必要」という課題を全国へ広げることにもなりました[2]。
1996年、Jリーグは「Jリーグ百年構想」という長期ビジョンを掲げました。その理念は——
「誰もが、いつでも、気軽に、さまざまなかたちでスポーツを楽しめる環境を作ること。 サッカーやスポーツを通じて、社会の力になること」
スローガン:あなたの街にも、Jリーグはある。
核にあるのがホームタウン制です。「Jクラブはホームタウンを定め、その地域社会と 一体となったクラブ運営を行う」——ドイツの地域スポーツ文化をモデルにしたこの理念が、 クラブと自治体の密接な関係を生みました[3]。
税リーグ問題を理解するうえで最重要なのが、2013年から実施されたクラブライセンス制度です (2012年1月に概要公表、2月に交付規則の運用開始)。アジアサッカー連盟(AFC)のライセンス制度導入を 受けたもので、「競技・施設水準の向上」と「クラブ経営の安定化」を目的に、17項目の施設基準を 設けました[4]。
とりわけ厳しいのがスタジアムの収容人数・屋根・照明の基準です。
| 項目 | J1 | J2 | J3 |
|---|---|---|---|
| 収容人数 | 15,000人以上 (いす席10,000席以上) | 10,000人以上 (いす席8,000席以上) | 原則5,000人以上 |
| 屋根 | 観客席の1/3以上を屋根で覆う | — | — |
| 照明(照度) | 1,500ルクス以上 | 1,500ルクス以上 | 1,500ルクス以上 (2022年6月までに必須化) |
基準を満たせなければ、成績が良くても上位リーグのライセンスは交付されません。つまり 「昇格したければ、基準を満たすスタジアムを用意せよ」という強い圧力が、 制度として全クラブにかかることになりました。
ここまでの歴史を並べると、税リーグ問題が生まれる構造が見えてきます。
「地域のために」という善意と、「基準を満たさねば昇格できない」という制度が組み合わさったとき、 その費用を誰が負担するのか。これこそが税リーグ問題の入り口です。次のページでは、この問題が どう論じられてきたのか、その歴史と論点を整理します。