1. 「人材開発支援助成金 約20億円不正受給」事件とは
2026年2月25日、厚生労働省は人材開発支援助成金について、30都府県の191事業所が計約20億円を不正に受給していたと公表しました(認定は令和7年12月19日付)。
戦後の助成金行政でも例を見ない大型不正で、しかもその「指南役」となったのが、東京・渋谷に本社を構える人材コンサルティング会社、エッグフォワード株式会社でした。
本記事では以下を整理します。
- 不正のスキーム(資金還流の仕組み)
- 主犯とされるエッグフォワード社の概要と代表者
- 不正受給された「人材開発支援助成金」の制度内容
- 事業者・関係者に科される行政処分と刑事リスク
- 「実質無料」「手出しゼロ」を謳う業者に潜む罠
2. 事件の規模──191事業所・約20億円・30都府県
厚生労働省の公表によると、不正受給の概要は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 認定日 | 令和7(2025)年12月19日 |
| 不正受給を認定した労働局 | 30労働局 |
| 不正受給を認定した事業所数 | 191事業所 |
| 不正受給額 | 約20億円 |
| 指南役(訓練実施者) | エッグフォワード株式会社(東京都渋谷区) |
| 不正の対象期間 | 2023年〜2024年ごろ |
さらに、令和8(2026)年2月13日時点での返還状況は以下のとおり、約4分の1の事業所がまだ全額返還できていません。
- 全額返還済み:149事業所 / 返還済額 約15億円
- 未返還:42事業所 / 未返還額 約5億円
- うち分割返納予定:31事業所 / 約3.5億円
未返還だった42事業所については、15労働局が事業主名を公表する措置に踏み切りました。
3. 主犯「エッグフォワード株式会社」とはどんな会社か
会社の概要
公開情報を整理すると、エッグフォワードのプロフィールは以下のとおりです。
- 商号:エッグフォワード株式会社(Egg Forward Inc.)
- 設立:2012年8月8日
- 本社所在地:東京都渋谷区
- 代表取締役社長:徳谷 智史(とくや さとし)
- 事業内容:経営・組織変革コンサルティング、HRプラットフォーム事業、リスキリング・社員研修、スタートアップへの出資・育成
社名の「Egg」には、「いまだない価値」と「人が本来持つ可能性」という二重の意味が込められており、「人は何歳でも変われ、成長できる」というメッセージを掲げてきた、いわばリスキリング業界の旗手的な存在でした。
代表者:徳谷 智史 氏
代表の徳谷氏は京都大学卒業後、大手戦略コンサルティングファームでプロジェクトリーダーを務め、アジアオフィスの立ち上げ・代表を歴任。2012年にエッグフォワードを創業し、近年は「キャリアづくりの教科書」(PHP研究所)等の著作も多数ある、人材・組織領域の論客として知られていました。
それだけに、今回の不正指南が同社主導で行われていたとされる事実は、業界に大きな衝撃を与えています。
4. 不正受給のスキーム──「営業協力費」を介した資金還流
今回の不正は、極めて単純かつ悪質な「循環取引」型のスキームでした。流れは次のとおりです。
①事業主 → エッグフォワード:研修費を支払う(例:1,000万円)
②エッグフォワード → 事業主:「営業協力費」名目で同額を返金(1,000万円)
③事業主 → 国(労働局):「自社で1,000万円負担した」として助成金を申請
④国 → 事業主:訓練経費の最大60%(中小企業の場合)を支給
つまり事業主は 実質的に1円も負担していないのに、国から数百万円〜数千万円の助成金を受け取っていた わけです。エッグフォワードは「実質無料」「手出しゼロ」を売り文句に営業し、虚偽申請を指示したとされています。
2024年4月ごろに匿名の通報が労働局に寄せられたことをきっかけに調査が始まり、約1年半に及ぶ精査の結果、191事業所への波及が判明しました。
5. 「人材開発支援助成金」とはどんな制度か
制度の目的
人材開発支援助成金は、事業主が雇用する労働者に対して、職務に関連した専門的な知識・技能を習得させるための職業訓練を計画に沿って実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を国が助成する制度です。
近年の「リスキリング推進」政策の中核を担う制度で、令和の助成金行政の目玉と位置づけられてきました。
主なコース
| コース名 | 概要 |
|---|---|
| 人材育成支援コース | OJT・OFF-JT等の人材育成訓練に対する助成 |
| 教育訓練休暇等付与コース | 有給の教育訓練休暇制度を新設した場合の助成 |
| 人への投資促進コース | 高度デジタル人材育成、サブスク型訓練など5つのメニュー |
| 事業展開等リスキリング支援コース | 新規事業展開等に必要な人材育成への助成 |
今回不正の温床となったのは、「人への投資促進コース」内の “定額制訓練(サブスクリプション型研修)” です。研修サービスを定額で受け放題にすることで、訓練経費の “総額” を大きく見せやすい構造があり、それが資金還流スキームと相性が良かったとみられます。
助成額(中小企業の例)
- 訓練経費助成率:最大75%(一部コース)/標準で60%
- 賃金助成:1人1時間あたり最大960円
6. 不正受給に対する処分とペナルティ
行政処分
- 全額返還+受給額の20%の違約金+延滞金
- 5年間、雇用関係助成金の申請停止
- 事業主名・代表者名・所在地・不正の内容を労働局HPで恒久的に公表
刑事責任
悪質性が認められる場合は刑事告発の対象となり、以下のような罪が成立し得ます。
- 詐欺罪(刑法246条):10年以下の拘禁刑
- 補助金適正化法違反:5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金(または併科)
- 公文書偽造罪・同行使罪 等
さらに、不正に関与した代理人(社会保険労務士・行政書士・コンサル等)も「両罰規定」により処罰の対象になり得る点に注意が必要です。今回のエッグフォワード社のように「指南役」となった企業も、当然ながら社会的・法的責任を厳しく問われます。
7. 同種事案の続発──「実質無料」業者の手口に要注意
東京・千葉・大阪・愛知など複数労働局では、エッグフォワード関連以外にも、訓練提供企業が事業主の経費を実質肩代わりし、虚偽申請をさせて助成金の一部を回収する類似スキームが摘発されています。共通する勧誘文句は次のようなものです。
- 「実質無料で社員研修ができます」
- 「手出しゼロでリスキリングできます」
- 「申請書類はすべて当社が作成代行します」
- 「経費はいったん払ってもらいますが、後でキャッシュバックします」
助成金は「事業主が経費を負担して訓練を実施したこと」を前提とした制度であり、上記のような勧誘はそれ自体が制度趣旨からの逸脱、つまり「不正受給の入口」と考えるべきです。
8. 事業主側にも責任──「知らなかった」では済まされない
今回191事業所のうちの大半は、おそらく「うまい話に乗ってしまっただけ」「コンサルに勧められたまま申請しただけ」という認識だったと思われます。しかし、
- 助成金の申請者は事業主自身であり、申請内容の正確性に責任を負うのは事業主
- 「コンサルに任せていた」「知らなかった」は免責理由にはならない
- 5年間の助成金停止+社名公表は、取引停止・融資停止・採用難へ直結
実害は20%違約金にとどまらず、会社の信用そのものを失うリスクを孕んでいます。
9. まとめ──健全な助成金活用のために
- 「実質無料」「キャッシュバック」を謳う業者には絶対に近づかない
- 受講内容・出席記録・支払証憑など、実態を伴った訓練を実施する
- 申請書類は自社で内容を確認し、丸投げしない
- 不安があれば労働局・社労士会・中小機構などの公的窓口に相談する
人材開発支援助成金は、本来、企業の人材育成と日本全体の生産性向上を支える重要な制度です。今回のエッグフォワード事件は、制度を悪用した一部関係者によって、その信用が大きく毀損された深刻な事例といえます。
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参考情報
- 厚生労働省「人材開発支援助成金の不正受給に関与した訓練実施者の公表」
- 日本経済新聞 / 共同通信 / 朝日新聞 等による2026年3月報道
- 労働新聞「人材開発助成金・不正受給/経費負担し虚偽申請促す」
本記事は2026年5月4日時点で公表されている情報をもとに作成しています。最新情報は厚生労働省・各労働局の公式発表をご確認ください。

