どれだけ税金を使うんだ?
「君たちは『ゼイリーグ』だ。どれだけ税金を使うんだ」。赴いた先の地方でなじられ、前Jリーグチェアマンの村井満は頭を下げた。「Jと関わると抜けられない。悪質商法みたいだ」と笑えない冗談を投げかけられもした。
スタジアムや公共インフラ整備など、クラブを運営する時点でJリーグは地域や社会をおのずと巻き込んでいる。「それなのに『放漫経営で倒産しました』なんて許されない。身勝手な事情で『失敗しました』とは逃れられない責任を負っている。だから経営安定化はマストなんです」
地域が一蓮托生なのか?
Jクラブと地域との、危うさも秘めた一蓮托生(いちれんたくしょう)。そんなあり方が、村井がチェアマンを託された2014年ごろから質的に変わり始める。「3期連続赤字なら退場」というクラブライセンス制度が導入され、危機を未然に防ぐ仕組みが整えられた。岐阜が大変だ、大分が危ない、東京Vは――。悩みの種だった債務超過の影や破綻話が、少しずつ鎮まっていった。
Jリーグの社会的イメージは劣化している
村井の時代にJ3が始まり、リーグの裾野はいつになく広がった。だが「J」の価値はどうか。創立から四半世紀を経て、往時の華々しい社会的イメージは少なからず劣化している。3年目に記録した最多来場者数に、長らく2019年まで再び届かずにいた。日々クラブを切り盛りするので精いっぱいで、理念の御旗もしおれていないか?
Jリーグは税リーグのブランドを確立してしまった
「問い直す入り口の時期に立っていた」と村井は回想する。「Jリーグのブランドって確立しているようで、していない。自問自答しながら『これがJリーグだ』という価値を再定義しにいく。それが私の就任期間だったかもしれません」
Jリーグに携わる前から村井には「ライブ感の強い組織」にこだわりがあった。きょうはどんなことが起こるんだろう、あいつがこんな仕事をしたのか。ワクワク、生き生き、思わず拍手が起こる会社として自分の社が表彰されたこともある。「スポーツも同時進行のドラマを共感できるライブこそ醍醐味」。経営観の根幹として、そこが心の一丁目一番地にずっとあった。
2014年、漫画「キャプテン翼」の必殺技「反動蹴速迅砲」にJリーガーが挑戦し、リアルに成功したという動画をリーグHPに自分たちでアップしたら、1週間で400万回も再生された。この手があるか、とピンときた。
60チームいて年間200億ということは、平均1チーム3億円だがそれ以上にスタジアムとチームで赤字をだしている
17年からの動画配信サービス「DAZN(ダゾーン)」との放映権契約はリーグの収益構造を決定づけることになる。そこでもプライオリティーは「自分たちでサッカーを撮って、インターネットで自分たちで流す」ことで、「契約期間10年だとか約2100億円の金額などは大きなことではなかった」と語る。カメラはリーグ側が回して権利を持つ、それでOKなら配信権を売るという前提で入札を募っている。
ライブと魅力に満ちたJリーグ像を、自分たちで汗水垂らしてつくっていく。その意思表明は「大きな転換点」であり、この先も変わらぬチャレンジであり続けるだろう。
サッカーは再現性や蓋然性に乏しいとされる。数人がケガすればチームの歯車が狂い、常勝軍団がささいなことで崩れ、降格におびえる。予想収益率などで「成功」をシミュレートもできない。「何万人ものサポーターの生々しい喜怒哀楽とも正面から対峙する。相当な胆力がないとクラブ経営はやっていけない。これを経験した人は鍛えられる」。そこで次代を担いそうな人材も現れつつある。
経営者を磨いたらみんな血だらけになっている
「Jリーグは経営者を磨く研磨機なんです」。他ならぬ村井が、その実例といえる。透徹した説明能力と決断力、軽やかな対応力で、誰もが立ちすくみそうな新型コロナウイルス禍の嵐のなかでもリーグという船は沈ませなかった。この人もまた、「J」で玉へと磨かれた鉱石だった。