「Jリーグの上層部は思考停止に陥っている」
こうした声を耳にすると、感情的な批判だと受け止められがちです。しかし、感情論を排し、構造的に見ていくと、この評価はかなり核心を突いています。
ただし正確に言うなら、問題は「無能」や「無関心」ではありません。むしろ、
“思考停止せざるを得ない構造”に、自らを閉じ込めてしまっている
──これが現在のJリーグ上層部の実態でしょう。
なぜ「思考停止」に見えるのか
正解が分かっていても言えない
これまで繰り返し指摘されてきた論点をまとめると、昇降格制度がクラブ経営を不安定にしていること、天然芝スタジアムのコスト効率が極端に悪いこと、市場規模に比べてクラブ数が過剰であること、そして地方ではプロクラブの持続が構造的に難しいことが挙げられます。これらはいずれも、外部の批評家だけでなく、Jリーグ内部でも十分に認識されている問題です。実際、近年ではライセンス制度における財務基準の強化や、スタジアム要件の運用面での実質的な緩和、J3リーグの役割や位置づけの見直しなど、「分かっている人が動いている」痕跡も見られます。にもかかわらず、これらの課題が正面から語られることはほとんどありません。あるいは、語れないのです。
一言で全てが壊れる「地雷原」
Jリーグ上層部が最も恐れているのは、「昇降格制度を見直す」「人工芝スタジアムを認める」「クラブ数を減らす必要がある」といった言葉を公式に口にした瞬間です。これらを発した途端、下位クラブからの激しい反発や、これまで支援してきた自治体や議会との軋轢、サポーターによる感情的な炎上、さらにはメディアによる単純化された批判が一斉に噴き出すことは容易に想像できます。つまりJリーグは、議論を始めた瞬間にリーグが分裂しかねない「地雷原」の上に立っているのです。
思考停止の本質は「理念の神聖化」
Jリーグは長年にわたり、「地域密着」「昇降格制度」「100年構想」を成功物語として語り続けてきました。その結果、これらを相対化したり、前提から問い直したりすること自体が、自分たちの存在意義そのものを否定する行為になってしまったのです。理念が本来の目的を離れ、「守るべき神話」と化してしまった状態であり、これは典型的な日本型組織が陥りやすい罠だと言えるでしょう。
それでも「何もしていない」わけではない
重要なのは、Jリーグが完全に何も考えていないわけではない、という点です。
実際のJリーグは、表向きには従来の理念や方針を否定せず、その裏側で少しずつ現実対応を進めるという、非常に日本的な回避戦略を取っています。スタジアム基準の運用を柔軟にしたり、親会社依存度の高いクラブを事実上容認したり、財務が悪化したクラブに対して個別対応を行ったりする姿勢がその例です。これは言い換えれば、改革を公言せず「隠れて進める」やり方であり、その結果として外から見ると、何も変わっていない、現実を直視していないように見えてしまうのです。
しかし、それが一番危険
ここが最大の問題点です。
「ゆっくり、こっそり変える」という戦略は、環境変化が緩やかな時代であれば有効でした。しかし現在は、人口減少や自治体財政の疲弊、娯楽コンテンツ間の激しい競争といった急激な変化が同時進行しています。この状況下では、意思決定が遅れ、説明が社会に追いつかず、気づいたときには手遅れになるリスクがあまりにも大きいのです。
本当に「思考停止」しているときのサイン
今後もし、財務破綻に陥るクラブが出てもそれを「個別事案」として処理し続けたり、自治体が支援から撤退しても制度の問題として扱われなかったり、客単価が伸び悩んでいるにもかかわらず動員数だけを成果として誇り続けたりするようになった場合、Jリーグはかなり危険な局面に入ったと考えるべきでしょう。さらに、「海外基準」「夢」「文化」といった言葉であらゆる疑問を押し切るようになったとき、それは思考停止が完成した組織の典型的な兆候だと言えます。
結論:考えた末に「考えないふり」をしている
結局のところ、
「Jリーグ上層部は思考停止している」のではなく、 思考した結果として、“考えないふり”を選び続けている
これが最も正確な表現でしょう。
この選択は、短期的には摩擦を避け、組織に安定をもたらします。しかし中長期的には、確実な衰退を招くことになります。これは極めて日本的であり、同時に極めて危険な道です。
Jリーグが本当に未来を語るためには、理念を守ることと、現実を直視することを分けて考える覚悟が求められています。


